【概要】
海外の掲示板にて、「あなたが人生で初めて見たアニメを覚えているかい?」という問いかけが投稿され、世界中のファンから熱烈な思い出話が殺到しています。今や世界的なカルチャーとして定着した日本のアニメーションですが、1980年代から2000年代にかけては、テレビをつけたら偶然流れていた作品を「日本製とは知らずに夢中になって見ていた」という原体験を持つ外国人が少なくありません。ポケモンやドラゴンボール、セーラームーンといった世界的メガヒット作から、レンタルビデオ店で偶然出会った傑作まで、彼らが日本のエンターテインメントに初めて心を奪われた感動の瞬間を語り合っています。
・誰もが通る道さ。一般の層に爆発的なブームが起きた時に『デスノート』と『進撃の巨人』を見たのが最初だね。でも、自分の意思で初めて選んだのは偶然見かけた『食戟のソーマ』だったよ。普通の料理番組だと思って見始めたら、度肝を抜かれたのさ。
・もう30年も前の話だから記憶が定かじゃないけれど、間違いなく『ドラゴンボールZ』か『セーラームーン』、あるいはその両方だったはずだよ。
・1990年頃、ちょっと個性的な個人経営のビデオ店に入ったら、アニメコーナーがあるのに気づいたんだ。もともとアニメーションが好きだったから棚の前でしゃがみ込んで物色していたら、後ろを通りかかった男がすっと手を伸ばして『AKIRA』の背表紙を指で叩いた。「こいつは、俺が今まで観た映画の中で最高の一本だぜ」ってね。もちろん即座にレンタルしたよ。あの出会いは今でも忘れられないな。
・正直に言えば、子供の頃にテレビで適当に流れていた『ポケットモンスター』のどこかのエピソードだろうね。ただ、最初から最後まで完走したと胸を張って言えるのは2003年版の『鋼の錬金術師』さ。
・おそらく『アルプスの少女ハイジ』だな。ヨーロッパの子供たちにとって、あれは日常の風景そのものだった。
・物心つく前の幼児だったから自力では覚えていないんだけどね。90年代半ば、祖父か近所の友人がVHSで『ドラえもん』の映画を貸してくれたのが始まりらしい。
・正直なところ、当時の記憶なんて曖昧だよ。テレビのスイッチを入れたら、ただそこに映っていたんだからね。母親と思い出話をしてみたら、私が初めて釘付けになったのは『マッハGoGoGo』だったという結論に達したよ。
・幼い頃のテレビ体験でいえば、私も『ドラゴンボールZ』と『セーラームーン』が最古の記憶だ。どちらかといえばセーラームーンを先に見た気がするな。
┗ ・同感だね。どちらも同じ時期に放送されていたから判別がつかないけれど、あの二作品が放映されていた時間帯は子供部屋の特等席だったよ。
・子供の頃、日本製だとは知らずに夢中で観ていたのは1974年の『小さなバイキングビッケ』だった。そして、「これは日本のアニメという特別なものだ」と自覚して観た最初の作品は、1988年の『AKIRA』だね。
・ゲームボーイの『ポケットモンスター ピカチュウ』に熱中していたから、アニメ版も夢中で観ていたよ。一番鮮明に覚えているのは、サトシが雨の中、自転車を漕いでピカチュウをポケモンセンターへ運ぶあの感動的なシーンだ。劇場のミュウツーの映画もわざわざレンタルしたっけな。
・最初に日本のアニメだと意識して自発的に飛び込んだのは、2007年の『らき☆すた』だった。あの瞬間から、私の本格的なオタク人生が始まったのさ。
・幼少期は誰もが『ポケモン』を観て育ったけれど、「日本のアニメーション」という文化を理解して観たのは『ソウルイーター』と『琴浦さん』だったよ。
・正真正銘の体験といえば、劇場版『機動警察パトレイバー』の第1作目だな。あの緻密な世界観とメカニックの質感には完全にノックアウトされたよ。日欧合作を含めるなら『ユリシーズ31』や『ワンワン三銃士』になるんだろうけれどね。
・信じてもらえないかもしれないが、私の最初の一本は『干物妹!うまるちゃん』だ。あの突き抜けたコメディセンスに一撃でやられたよ。
・幼すぎたから断定はできないが、『マッハGoGoGo』か『マクロス』、あるいは『ガッチャマン』のどれかだね。『楽しいムーミン一家』だった可能性も否定できないな。
・私が初めて観たのはニックトゥーンで放送されていた『ドラゴンボール改』だったよ。
・99パーセントの確率で『マッハGoGoGo』、さもなければ『キャンディ・キャンディ』だ。4歳か5歳の頃だったと思う。アメリカの一般的なカートゥーンとはまるで違う、際立った作画と表現の深さに圧倒されたのを覚えているよ。当時は日本で作られているなんて知る由もなかったけれどね。
・『みつばちマーヤの冒険』か『楽しいムーミン一家』さ。けれど、自分の意志で選んで夢中になったのは『きんいろモザイク』だったよ。
・私の場合は2015年に放送された『僕のヒーローアカデミア』だった。第4話か第5話あたりを観た瞬間に、完全に引き込まれたね。
・子供時代なら『ポケットモンスター』『ドラゴンボール』、それから『爆転シュート ベイブレード』の三銃士さ。
・70年代後半から80年代初頭にかけて、自分の部屋にあった白黒のテレビで観た『宇宙戦艦ヤマト(Star Blazers)』だな。学校に行く前の朝、画面のノイズ越しに夢中になって観ていたよ。あまりの面白さに夏休み中も早起きして観て、終わったら二度寝していたくらいさ。
┗ ・その後、VHSで英語吹き替えが見つからなかったから、日本語音声・英語字幕で『スレイヤーズ』を観たのが字幕デビューだった。そして初めて全話を日本語で完走したのは『カードキャプターさくら』だね。あの繊細な美しさは今でも色褪せないよ。
・カートゥーンネットワークで観た『ポケモン』が最初だけど、日本のアニメだと認識して最後まで完走したのは、240pの低画質動画で観た『kiss×sis』だった。まったく、今思えばなんて奇妙で素晴らしい時代だったんだろうね。
・断言はできないけれど、VHSの『デジモンアドベンチャー』か、テレビでやっていた『鬼神童子ZENKI』や『ヴァンドレッド』のどちらかだな。
・『ベイブレード』も最高だったが、やはり『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』と『カードキャプターさくら』も外せないよ。あの時代のテレビアニメは黄金期だった。
・東映動画の『長靴をはいた猫』だ。あれは子供心にも日本から来たと知っていたから、間違いなく私の「最初の意識的なアニメ体験」さ。
・『約束のネバーランド』の第1期だな。もちろん幼少期に『ドラえもん』や『ポケモン』は見ていたけれど、それらがアニメというジャンルだと認識して観たのはネバーランドが最初だった。あのスリリングな展開には毎週息を呑んだよ。
・1997年頃にテレビで『ドラゴンボールZ』を観て、その後に『ポケモン』や『デジモン』がやってきた。そこでようやく「この特徴的で素晴らしい絵柄の作品は、すべて日本から来ているんだ」と気づいたのさ。
・『賭ケグルイ』だな。独特の狂気とハイテンションさに衝撃を受けて、そこからアニメの世界にどっぷり浸かることになったよ。
・『ドラえもん』さ。一話完結で気楽に見られるけれど、子供時代の私にとっては日常を忘れさせてくれる最高の発明品だったよ。
・ラテンアメリカの吹き替え版で観た『ドラゴンボール』と『イナズマイレブン』だな。アニメが純粋な趣味へと昇格したのは『デスノート』に出会った瞬間だった。あの知略戦には舌を巻いたよ。
・学校の友達から「メタリック・フリーザ」と手書きされた怪しいCD-Rを借りてね。それが日本語音声の『ドラゴンボールZ』だったんだ。あの時、日本のオリジナル音声の熱量を知ってしまったのさ。
・最初はエクセルやテキストファイルで視聴履歴を手作業で管理していたんだ。40作品を超えたあたりで収拾がつかなくなってこのサイトを見つけたのさ。今では150作品以上、通算5000エピソード以上を視聴したよ。人生を豊かにしてくれた日本のクリエイターたちには感謝しかないね。
・私の最初の言葉は、間違いなく「カメハメ波」だったと思うね。
・『デジモンセイバーズ』の最終回は、私が人生で初めてアニメを観て涙を流した瞬間だったよ。終わってしまうのがただ寂しくて、泣きじゃくったのさ。
・『烈火の炎』だな。八竜の造形がたまらなくクールで、紅麗がとにかくカッコよくて憧れたよ。
・子供の頃、近所に日本文化にやたら詳しい大人がいてね。ポケモンだけでなく初代『ゴジラ』の素晴らしさも教えてくれた。あの二つに出会ったせいで欧米のカートゥーンには一切戻れなくなっちまったよ。日本の物語作りの巧みさは、それほどまでに圧倒的だったんだ。
・人間ってのは不思議なものさ。初キスの相手の名前なんてとっくに忘れてしまったけれど、生まれて初めて観たアニメだけは絶対に忘れない。私の最古の記憶は、3歳の時に観た『セーラームーン』の第49話だよ。人生の最高の思い出ってのは、いつだって日本の名作と共に刻まれるものなのさ。
【管理人のコメント】
海外のアニメファンたちが語る「初めてのアニメの記憶」は、どれも日本の作品への愛とリスペクトに満ち溢れていて胸が熱くなりますね。子供の頃に偶然触れた作品が、国境を越えて大人になった今でも大切な宝物として輝き続けているのは、日本のクリエイターたちが生み出す物語の素晴らしさの証拠だと感じます。

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